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グレース・オブ・ゴッド 告発の時



オチだと思っていたものがまさか設定だったとは、お釈迦様でも気が付くめえ。

監督:フランソワ・オゾン/シネ・リーブル池袋/★4(75点)本家公式サイト
 
一般的にこの手の話の場合、衝撃の事実が明らかになる過程がドラマで、罪人が罪を認めるのがオチというストーリーだと思うんですよ。
オゾンらしくねー話だな、と怪訝な顔で観に行ったんですけどね。
そしたら、私が想像していたストーリーはものの1分で終了。
つまり、(私が勝手に)オチだと思っていたものが設定に過ぎなかったというわけです。

事実を隠ぺいするような(分かりやすい)悪=“堅い壁”をぶち破るといった話は比較的作りやすいと思うのです。フィクションとしても実際問題としても。
だって、隠していた事実を表面化させて相手に認めさせればいいんですから。
ところがこの話(事実)は、“堅い壁”じゃなくて“柔らかいスポンジ”だったのです。殴っても手応えが無いんだ。映画のストーリー展開としても実際問題としても、こっちの方が難しい。

ならば、“障害”を大きく取り扱いたくなるのが作り手の心情。
周囲の反対や無理解、あるいは妨害とか誹謗中傷とか、そういった目の前に立ちはだかる数々の障害を乗り越えて勝利を収める英雄譚。そういう構成にしたくなる。
ところがこの映画は、そんなありきたりのストーリー展開はしません。
障害はほとんど無いに等しく、さして立ち止まることなくスルスルとすり抜けていきます。
ケン・ローチ先生『家族を想うとき』の宅配便の親父の方が荷物配送してるだけなのによっぽど酷い困難にぶち当たってますよ。

私が何をグダグダ書いているかというと、私自身「鬼才・フランソワ・オゾン」だと思って観なかったら(あるいはありきたりな社会派や感動作を期待していたら)、何を描こうとした作品だか掴めなかった気がするんです。
この映画、多くの人の目にはどう映るんだろう?端的に言って、観客の見たいものを見せてくれる映画ではない。でも見たくないもの(本当は怖いもの見たさなんだけど)をドヤッ!って見せる映画でもない

私は、被害者達が「心の平穏」を得るまでの物語ではないかと思うのです。

表面上は「沈黙を破る」物語であり、MeToo運動と同じように、古い価値観や権力との戦いなのです。
でも、オゾンの描写は感情的ではありません。
勝ち負けとか白黒つけるとか闘争だ総括だ大島渚だバカヤロー的なことでもない。
むしろ「嫌な人が出てこない」印象すら受けるのです。

ふざけたコメントを書いていますが、実は私、観ていて涙が止まりませんでした。その涙の理由は自分でも不明です。でも、同情や憐憫の涙ではなかったような気がします。たぶん感動したんです。柄にもなく。

余談

ただ、やっぱり私には宗教(信仰)が皮膚感覚で分からないのです。
一個人としての痛み(トラウマ)は理解できても、信仰の揺らぎまでは理解できない。



日本公開2020年7月17日(2019年/仏)

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