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雨月物語




監督:溝口健二/BS/★3(65点)(再鑑賞↓)/本家goo movie

サディスティック・溝口は、実はトリッキーな作風だと思う。
一体、いつぶりに観たのか覚えていないが、再鑑賞して評価下げる。いや、決して嫌いな映画ではなく、むしろ好きな部類なのだが、まあ、こんなもんでしょう、と。

巨匠・溝口健二の評価は固まっていて、やれ「高尚だ」「芸術だ」という軸から振れてはいけないような風潮がある。
しかし、そういう先入観をあえて取っ払ってみよう。もっと違った見方が生れてくるかもしれない。要するに「再評価」である。要するに他人と違うことが言いたいだけである。

溝口健二は、(当時としては)トリッキーな作家である。

まずストーリー。
「あっと驚くどんでん返し」の草分けではないだろうか。
「雨月物語」的要素は京マチ子のくだりだけだと(当時の)観客は思ったに違いない。
帰宅後の田中絹代のくだりは、当時なら「驚愕のラスト」だったろう。
現在我々は、ビックリさせることだけが目的の悪質(?)なオチに慣らされてしまっているのであまり感じないのだが。
ホラーやミステリーという映画ジャンルが確立されていなかった当時、日本では教訓めいたことを入れないと作品として成り立たなかっただろう。しかし、芸術的ウンヌン以前に、ストーリー自体が面白い。

次にカメラ。
実際トリッキーなパンもあるのだが、それ以前に、これほど移動やクレーンを使った撮影は当時無かったと思う。伊藤大輔だってこんなに多用していないだろう。
そして、思っていた以上にワンショットが長い。
この当時、フィルムや撮影技術の問題もあったろうが、比較的短いショットをつなぎ合わせることが多かったはずだ。それ故、小津を代表とする「長回し」が希有な存在だったのだ。
このカメラワーク、決して芸術のためではないと思う。観客をびっくりさせようと思って面白がってやったんじゃないだろうか?
そういう精神を受け継いでいるのは、実は鈴木清順かもしれない(半分冗談)。

要するに、溝口健二という人は「他人と違うこと」をやりたかった人なのではないだろうか。
トリッキーという言い方に語弊があるのなら前衛。
(実際、初期作品にはドイツ表現主義を模したものもあるという)

溝口作品を今評価するなら、芸術的だとか高尚だとかの前に、その「チャレンジ精神」ではないだろうか。
もちろん、そこには彼の美意識という裏付けがあってのことではあるが(最近の映画監督は美意識の高い人が少ないと思う)。
溝口健二は日本映画にリアリズムをもたらした人だと言われるが、それも試行錯誤の結果だろう。
少なくとも小津にはこうしたチャレンジ精神はなかった(だからダメとか言ってる訳ではない)。

いろいろ調べていたら、大島渚のこんな言葉にたどり着いた。

「小津さんは自分の好みの中でしか仕事をしなかった。その上、好みを自分で知りぬいていた。だから幸福だったでしょう。しかし、溝口さんは一生自分がなにをやりたいかもわからず、ただ、無茶苦茶に頑張った。苦しい一生だったと思います」

ちなみに、溝口の女性観ウンヌンもよく言われますがね、私はサディストだったんじゃないかと思いますよ(笑)だって堕ちゆく女を嬉々として撮ってるもの。「堕ちていく女大好きー!」って感じで。この精神を受け継いだのは若松孝二なんじゃないかと(半分本気)。


(元のコメント)
本当は恐ろしいグリム童話

日本の怪談というものは非常に優れた教訓が含まれていたりする。
まあ、「日本昔話」とか昔あったけどね、最近こういうのないねえ。

怪談は立派な日本映画のジャンルの一つだ。ホラーとはまた違う。
それもやたら教訓めいているわけではないのに、我々観客はそこから教訓を得たりするのだ。

それにしても宮川一夫のカメラは凄い。
NHKのドキュメンタリーで以前やっていたが、それはもう知恵を絞って素晴らしい映像を作り出す。安易な合成で済ませている昨今の映像作家達に見習ってもらいたいものだ。

1953年3月26日公開(大映)97分

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