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シュレック2




監督:アンドリュー・アダムソン、ケリー・アズベリー、コンラッド・ヴァーノン/TV/★4(72点)
本家goo movie

いやあ、笑った笑った。結構、目から鱗だな。
『シュレック』に引き続き映画館にまで足を運ぶ気にならずテレビ吹き替え鑑賞。
失敗した。オリジナルの声で観るべきだった。だって、バンデラスとエディ・マーフィがリッキー・マーティン歌ってんだぜ。それだけで可笑しいじゃないか(吹き替えだったかもしれないけど)。
個人的にはピノキオがツボ。「人間になれた〜」ってストーリー上全然関係なく唐突に挿入される小ネタは腹抱えてゲラゲラ笑った。

1作目を観ているか観ていないかで抱く印象が全然違うと思う。
それはストーリーやキャラクターが分かっているとかどうかではなく、「制作者の意図が分かっているかいないか」という点にある。

弥次喜多道中から夫婦漫才に至った1作目は、怪物のまま物語を終えることで最後の最後にこの映画の方向性を高らかに宣言した。
「美男美女になってハッピーエンド」という童話の常識は「この映画じゃ通用しませんぜ」と言っているのだ(それは単にパロディーということではない)。

本作は当然「童話の非常識」前提でスタートすることになる。

例えば、キスは魔法を解くものと相場が決まっているが、ここではキスで魔法をかける。
魔法が解けたら人間に戻るのが相場だが、魔法によって美男美女になる。
なるほど目から鱗だと思ったのが、「白馬の王子様=素敵な人」という固定観念は一体いつどこから生れたのだろう?白馬の王子様がキザなマザコン野郎だってちっとも不思議じゃないのだ。

そして決定的なのが、「美男美女に戻ってハッピー」と海外の童話が古くから植えつけてきた固定概念が、実は「醜い容姿=心も醜い」という差別思想の温床であることを気付かせてくれることだ。
(日本の童話にはあまりないパターンであることを考えると、海外童話の「魔法が解けて美男美女」思想「みにくいアヒルの子」思想は、人種差別が根底にあるのではないだろうか)

本シリーズは、『フランケンシュタイン』や『シザーハンズ』同様、“異形の者”というだけで差別される怪物の哀しみを描いた“健全な怪物映画”だ。
(ちなみに不健全な怪物映画の代表は、ただのサラリーマン物にすり替えてごまかした『モンスターズ・インク』だと私は思っている)

しかし“健全な怪物映画”は「認められないまま去る」というパターンが多い中、本シリーズは「“異形の者”のまま幸せを掴む」という、これまた「童話の非常識」を提示する。

つまり制作者の意図は、「怪物が人間に戻れるか?」なんてことを観客に一切考えさせずに、「いかに怪物のまま幸せになれるか」に焦点を当てたウェルメイドな作りなのである。

(2004年 米)

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